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「金記・合同・利市」印

鈕形:塀鈕  材質:銅

 パスパ文字で書かれたものは、漢語、モンゴル語など言語を問わず、縦に左から右に記すのが通例となっている。 もっとも漢語のばあい通例に反して右から左にしるされるものもある。 パスパ文字の正書法からすると、左から「金記・合同・利市」と読むことになるけれども、 内容よりみて右から「利市」(儲けなどを意味する吉祥語)、「合同」(契約)と一般名詞がならび、 固有の姓である「金」に「記」を付した「金記」で納めたとも考えられる。 この印章のばあい、左右どちらからとも決定はできない(あるいは決定する必要がない)というところであろう。

 字体・字形につき、中央の「合同」は興味深い。 「合」はパスパ文字、「同」は漢字の篆書体。 一つの単語を二種の文字で記す例としては他に「印記」がある。 「印記」は「印」が漢字の篆書体、「記」がパスパ文字の篆書体となっている。 このような漢字とパスパ文字よりなる「印記」は文献資料によると数点あり、 古代文字資料館でも1点を委託管理している(→pz2h02)。 「合同」について二種の文字でしるしたものは、寡聞にして本印以外に例のあることを知らない。

 なお、「合」の音節初頭子音 γ の字形は。 左端の縦線が欠けている。 画像ではハッキリしないけれども、肉眼によると、縦線部分の銅材の欠落を確認することができる。 篆書体を集めた照那斯図「八思巴字篆体字母研究」(『中国語文』1980年第4期)の印章や碑文の箇所にこの字形に相当するものはない。 『蒙古字韻』の「篆字母」にとある。 これは本印と一致する。実物資料をもって『蒙古字韻』の字形を実証することができる例である。


この解説文は吉池孝一「元代私印(パスパ字漢語)六顆」『KOTONOHA』19号より、若干の字句を解説用に改めた上、抜粋した。